日曜日の映画館(映画レビュー)

世界的ベストセラーをめぐる原稿流出事件が、どんでん返しの連続を経て明かされる!ーー「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」は至極のミステリー

世界的ベストセラー「デダリュス」第3部の独占販売を勝ち取ったアングストローム社。
社長であるエリック・アングストロームは自信満々に、そのことを記者会見で発表するのだが…。
本作の監督を務めるのは、タイプライター早打ち競技を題材に、スポコンラブコメ映画として話題になった「タイピスト!」のレジス・ロワンサル氏。

9人の翻訳家は、「インフェルノ(「ダヴィンチ・コード」などで有名なダン・ブラウンの小説)」の出版秘話をもとにしているという。
その秘話とは、インフェルノ出版にあたり、作者であるダン・ブラウン承諾のもと、違法流出や海賊版が出ることを防ぐため、各国の翻訳家を地下室に隔離して翻訳を行ったというものだ。

映画は冒頭、ある書店が燃え落ちていく映像で始まる。
これが衝撃のラストへとつながっており、伏線回収の妙が本作品の面白さとなっている。

本作の構造は、少々ユニークで挑戦的だ。
ある人物の視点から様々な場面へと映像が飛ぶため、最初は戸惑うかもしれない。
だが、それこそが監督が仕掛けた「知的な罠」であり、文学手法「意識の流れ」を映像で見事に表現した試みなのだ。
「意識の流れ」とは、ジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ」を代表する文学作品に使われている手法。
人間の移りゆく意識を整理することなく、そのまま文字として表現していく技法である。
この一見バラバラに見えるピースが、終盤、驚くべきどんでん返しへと繋がっていく様は圧巻だ。

そして、本作が描き出すのは、トーマス・マンの考える「芸術家対市民」という対立の姿勢でもあるだろう。
文学作品を純然たる芸術と考える犯人と、お金を稼ぐ手段と考えるアングストローム。
二人の意見の溝は決して埋まることはなく、深い溝となって横たわる。

「自分のものは自分で守れ」

これは、アングストロームが語る言葉だが、最終的には自分自身へと降りかかってくる。
映画最終盤で明かされていく真相。
テンポよく進む物語が、「次はどうなる、次はどうなる」という興奮感とともに迫ってくるのが非常に心地良い。
ラストの大どんでん返しにも、観ている人は目を見張ることだろう。
その複雑な構造ゆえに、人によっては中盤まで少しじれったく感じるかもしれない。
しかし、その“タメ”こそが、終盤から始まる手に汗握る展開と、怒涛の伏線回収を最高にスリリングなものにしている。
一度火がつけば、もう誰も観ることを止められない。

本作は、ミステリー映画として素晴らしい作品だと思う。
伏線をしっかりと張り、その伏線をすべて回収していく脚本の妙は観ていて楽しかった。
そして、秀逸だと感じるのは、本作の「古典文学への愛」ではないだろうか。
ジョイスの「ユリシーズ」は先ほど取り上げたが、その他にもシェイクスピアの「ハムレット」に登場する、オフィーリアを想像させるキャラクターが登場している。
本作は、映画好きの人にはもちろん、文学を愛してやまない人にも観ていただきたい。
あなたなりの文学的解釈を楽しむことができるかもしれないから。

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